LOGINエルフの女性、エリアに案内されて辿り着いた『鹿の角亭』は、仕事終わりの冒険者や地元の人々で賑わっていた。
「おや、エリア達じゃないか? 久しぶりだね。今日はお客を連れて来てくれたのかい?」
カウンターで宿の女将さんらしき快活な女性に声を掛けられる。
「うん、ちょっと色々あってね。結構人数いるけど空いている席はあるかな? それと宿泊する子がいるから部屋は空いてる? そこ予約しておいてくれる?」
「ああ、すぐに案内するよ」
給仕の女性が案内してくれて、カリナ達は奥の広めのテーブル席に座った。カリナの右隣には少し緊張した様子のヤコフが腰掛け、向かい側にはエリア、魔法使いの女性、スカウトの青年、重戦士の男が座った。
「さて、落ち着いたところで自己紹介といこうかしら? 私はエリア、この『シルバーウイング』のギルドの副団長を務めているわ。一応剣士ね、よろしく」
エリアがにこやかに名乗った。黒髪をセンター分けにしたロングヘア、切れ長だが優し気な翠眼をしている。身に付けているのは動きやすそうなレザーアーマーで、腰には使い込まれた長剣を帯びている。外は暗かったのでそこまで特徴は掴めなかったが、明るい店内だとその整った容姿がよく分かる。
「俺はロックだ。見ての通りスカウトをやっている。罠解除やトラップ探知は俺の得意分野だ、よろしく」
頭に赤いスカーフを巻き、短めの金髪をしている。見た感じ軽そうな雰囲気の青年だが、屈託のない笑顔で挨拶をするその姿勢には好感が持てた。スカウトらしく身軽さを身上にするため、軽いジャケットと黒いズボン、腰には二本の短剣を装備している。
「じゃあ次は俺だ。名前はアベル、見ての通りの力特化型の戦士だ。武器はこの背中のバトルアクス。よろしくな、お嬢ちゃん達」
赤茶色の短く揃えた髪をした、強面の屈強な男である。体には全身を覆うプレートメイル、背負った戦斧はその腕ほどもありそうな大きさだ。一見堅物そうだが、物腰は柔らかく、頼れる兄貴分といった印象だ。
「最後は私ね。セレナ、魔法使いよ。それにしても……こんな美少女が冒険者をやっているなんて。はぁ、その透き通るような肌をつんつんしたい……」
何やら不穏な発言が聞えたが、カリナは敢えてスルーすることにした。エメラルドグリーンの髪は肩までの長さで、ゆったりとした青いローブを着ている。耳にはリングの形をした大きなピアスをしており、お洒落な印象だ。テーブルに立てかけられた長い杖の先には魔力を帯びた宝石が嵌め込まれている。
「私はカリナという。これでも一応Bランクの冒険者資格を持っている。今はエデン王国のカシュー王からの任務でルミナス聖光国に向かう途中にこの街で一泊する予定だったんだが、この子がぶつかって来て事情を聞いたからには放置することはできないと思った。多少の道草も旅の醍醐味だからな。因みに召喚士で魔法剣士でもある」
悪魔が関わっているという可能性を口に出すのはやめておいた。いらぬ混乱を招くことにもなりかねない。
「エデンの任務?! ってことはカシュー陛下と近しい関係なのかしら。それにしてもこんな可憐な少女が国家任務に就くなんて、本当に相当な実力の持ち主なのね……」
「まあ、私の実力がどれほどのものかは明日のダンジョン探索でわかるさ。今はその程度の情報で十分だろ?」
カリナはそう言って不敵に笑い、はぐらかした。国の任務を一般人に詳しく説明する訳にもいかない。
「ぼ、僕はヤコフです……。両親のために態々ありがとうございます」
最後にヤコフが消え入りそうな声で自分の名前を言った。この少年にしてみれば居酒屋の様な場所に連れて来られた上に、見知らぬ冒険者達に囲まれているのだから居心地が悪いのだろうし、緊張もあるだろう。
「心配するな、ヤコフ。お前のことは私がちゃんと守ってやるからな」
そう言ってカリナはヤコフの黒髪を優しく撫でてやった。安心したのか、彼はもう泣き止んでいたが目はまだ少し赤いままだった。
「その子の両親はかなりの使い手よ。それが行方不明なんて不慮の何かが起きたのかもね……。でも安心して、私達シルバーウイングはAランクのギルドなの。これで全員って訳じゃないけど、明日は首を突っ込んだ以上私達だけで同行するわ」
エリアがそう言って胸を張った。なるほど、模擬戦でボコしたあの雑魚Bランクの冒険者達よりは遥かに頼りになりそうだ。そう思い、カリナは少し安心した。
「それにしても、いきなり『死者の迷宮』に連れて行ってくれなんて言われて、よくカリナちゃんは引き受けたもんだな。メリットなんてないだろうに」
ロックが感心したように言った。確かに普通に見ればカリナにとっては何の得もない話である。
「何でだ? 困っている者がいれば手を差し伸べる。それがある程度の力を手にした者の責務だろう?」
カリナは平然と言ってのけた。それが如何に崇高な理想であるのか、理解はできても実行に移す者は少ないのが世の中である。だが、カリナにとっては、かつてのリアルでのヒーローへの憧れにも似た、自然な感情だった。
「……すごいな。だが素晴らしい理想論ではある。では俺もその理想に乗らせてもらうとしよう。ここで会ったのも何かの縁だしな」
アベルはカリナの言葉に心を打たれたようだった。彼にしてみれば、カリナのような少女が口にできることではないと思えたが、それを可能にする力が彼女の瞳の奥にあるのだろうと感じられたからである。
「ええ、すごいわ。こんな美少女なのに、まるで正義感の塊の様な高潔さ……。ああ、その綺麗な髪をクンクンしたい……」
「やめなさいセレナ」
隣に座っているエリアがすかさずセレナの脳天にチョップをかました。「うぎゃっ」と言ってセレナはテーブルに額をぶつけた。
カリナは何だか妙な危機感を覚えた。セリナの視線はまるで獲物を狙う獣の情欲を孕んでいるかのように見えるからである。
「そいつは大丈夫なのか……?」
本気で心配になってエリアに尋ねる。
「ああ、可愛いものに目が無くてね。大丈夫よ、ちゃんと首輪をつけて見張っておくから」
「ああ、頼む。さっきから此方を見る目が完全に捕食者のそれなんだが……」
可愛いものが好きというレベルではないように感じられる。身の危険を感じるレベルである。カリナは少々寒気を感じたので、ルナフレアに持たされたコートを肩に掛け直した。
「はっはっは! セレナは相変わらずだな。まあそこまでの変態じゃないから気にしないでくれ」
「まあ、冒険中は真面目にやってくれる。これでもそれなりの魔法使いだからな」
ロックとアベルが苦笑しながらフォローするので、カリナもこれ以上追及することはやめることにした。
「エリア、いい加減に何か注文してくれないかい? ここはお店なんだよ」
カウンターの奥から女将さんがやって来て声を掛けて来た。確かに注文もしないのは失礼だったと、一同は謝罪した。それから各々好きなものを頼み、料理や飲み物を楽しんだ。
「酒は飲まないのか?」というカリナの問いに対して、彼らは冒険の前日には体調管理のために飲まないことにしているという。カリナはその姿勢に、ある意味冒険者としてのプロフェッショナルな流儀を感じた。
「お前達なら信頼できそうだ」
カリナは小さく呟いたが、盛り上がっている彼らの耳には届かなかった。支払いは自分ですると言ったカリナだが、子供に払わせるわけにはいかないと、エリアが頑として譲らなかったので、奢ってもらうことになった。
夜も更けてきたのでお開きとなったが、ヤコフをどうするかということが問題になった。こんなに遅くに子供独りで家に帰らせる訳にもいかない。それに帰宅しても両親がいない暗い家で過ごすのは酷だろう。一行がどうしようかと顔を見合わせていると、カリナが口を開いた。
「ではヤコフ、今日は私と一緒にここに泊まるとしよう。それなら寂しくはないだろう?」
「うん、でもいいの? カリナお姉ちゃん……」
「ああ、構わないぞ。今のお前を独りにする方が心配になる。私の部屋に一緒に泊まるとしよう」
その言葉にセレナ一人が騒然となる。
「ええええっ! 少年と美少女が同じ宿に泊まるなんて! な、なんて危険な、いや、背徳的なシチュエーション……ふぎゃっ!」
妄想を垂れ流して騒ぐセレナの頭に、再びエリアのげんこつがヒットした。
「アンタ以外は誰もそんな不純な気持ちで見てないわよ! わかったわ、じゃあヤコフ君をお願いね、カリナちゃん。明日は街の広場の時計台の下で、そうね、こっちも準備とかあるから10時に集合しましょう。また明日ね」
「ああ、広場の時計台だな。わかった、じゃあお休み」
「皆さんありがとうございました」
ヤコフも深々と頭を下げた。シルバーウイングの面々がその頭を順によしよしと撫でる。そうしてその日はお開きになった。
◆◆◆ 宿の浴場を使わせてもらい、身綺麗にしたところでルナフレアから渡された寝間着に着替える。薄手の白いワンピースのような部屋着で、胸元のレースが少々セクシー過ぎやしないだろうかとカリナは思った。長い髪を乾かしてからベッドに横になってアイテムボックスの中身を整理していると、ヤコフも男子浴場から上がって来た。宿で用意されていた子供用の寝間着を着せてやり、タオルで頭を拭いてやる。
「偉いな、ちゃんと一人で洗えたのか?」
「うん、お父さんやお母さんから自分のことは何でも自分できるようになりなさいって、いつも言われてるから」
「そうか、さぞかし立派な両親なのだな」
「うん……。でも帰って来ない……」
ぐすぐすと泣き始めたヤコフにカリナは困ったが、こういう時はルナフレアの姿勢を真似ようと思い立った。
エリアが取ってくれた部屋にはベッドが二つ置いてあったが、この状態のヤコフを独りで寝かせるのは忍びない。自分のベッドに入り、片手で掛け布団を広げる。
「一緒に寝よう、ヤコフ。それでお前の寂しさが少しでも紛れるのならだけどな」
「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん……」
自分の枕を持って来たヤコフを招き入れると、カリナはヤコフを優しく抱き締めてやった。これが両親の代わりになるとは思わなかったが、この少年の不安を少しでも和らげてやりたくなったのである。
カリナの柔らかい身体に抱き着いたまま泣いていたヤコフだったが、やがて規則正しい寝息を立て始めた。どうやら安心してくれたらしいと思ったカリナは、自分もかなり疲れていたため、温かい体温を感じながら、そのまま二人で眠りに落ちた。
恐らくルナフレアならこうしてくれただろうと思ったカリナの行動で、ヤコフは安らかな睡眠を3日振りに取ることができたのだった。
◆◆◆ 翌朝目覚めると、ヤコフはもう既に起きて着替え始めていた。寝惚けながらカリナが身を起こすと、薄手のワンピースの様な寝間着の肩紐がずり落ち、豊かな乳房の膨らみが露わになった。それを見たヤコフが顔を真っ赤にして、見てはいけないものを見たと目を逸らした。「おはよう、ヤコフ。よく眠れたか? ……ってどうした?」
「カ、カリナお姉ちゃん胸が出てる!」
そう言われて下を見下ろすと、肩紐がズレて胸元が大きくはだけていたので、カリナは「おっと」と慌てて着衣を整えた。年端もいかない少年に妙な性癖を与えてしまったのではないかと心配になったが、ヤコフはその後は普通にしていた。
「私は着替えるのに時間がかかるから、先に下に行って好きなものを朝食に頼むといい」
「う、うん、じゃあ先に行っておくね」
逃げるように部屋を出ていくヤコフを見送ってから、カリナはこれまでにメイド隊から渡されていた衣装を見比べ、比較的動きやすそうなものを選ぶ。未だにブラジャーの着け方が難しくて苦戦する。ホックの位置がどうにも慣れない。
そうして何とか着替え終えると階下の食堂に降りて女将に朝食を頼み、ヤコフと一緒に食べた。簡単な洋食のセットだったが、空腹の腹に染み込んでいくように感じた。食後のコーヒーを飲みながら、備えられている新聞に目を通すと、ヤコフの両親が行方不明になっていることが大きく記事にされていた。これはヤコフに見られない方が良いだろうと思い、カリナはそっと新聞紙を折り畳んだ。
宿の料金は既にエリアが前払いをしておいたらしく、カリナはまたしても借りを作ってしまったことを悔いた。だが、彼女なりの善意なのだろうと思い、ありがたく受け取っておくことにした。
まだ集合の時間には間がある。その前に何かしらやるべきことはないだろうかと頭を巡らせる。そして宿の女将に近くの防具屋を教えてもらい、ヤコフと一緒に向かうことにした。
「世話になった。ではまた機会があれば寄らせてもらうよ」
「ありがとうございました」
「あいよ、お嬢ちゃん達も気を付けて行ってらっしゃい」
挨拶を済ませて宿を出ると、近くの教えて貰った防具屋へと向かう。
「カリナお姉ちゃん、どこに行くの?」
「今の普段着の格好だと、いざと言う時に怪我をするかもしれないからな。ヤコフに似合う防具を少し買いに行くぞ」
そう言ってカリナはヤコフの手を握って歩き出した。
朝の街の住人達は、宿から出て来たゴスロリチックな衣装を纏った気品ある美少女に目を奪われた。「どこぞの御令嬢か?」「それにしても美人だな」「あれは弟か? あんな綺麗な姉がいるとか勝ち組だな」などと噂が流れたが、カリナ自身はそんなことを知る由もなかった。
小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から柔らかな朝陽が差し込んでくる。カリナは微睡みの中で、包み込まれるような温かさを感じて目を覚ました。「ん……」 目を開けると、すぐ目の前にカグラの穏やかな寝顔があった。昨晩、不安に押しつぶされそうになっていた自分を抱きしめ、一晩中こうして温め続けてくれたのだ。その母性にも似た深い愛情に、カリナの胸が熱くなる。「……ありがとう、カグラ」 カリナはそっと体を起こすと、カグラの肩を優しく揺すった。「おはよう、カグラ。朝だぞ」「んん……。あら、おはようカリナちゃん」 カグラはゆっくりと目を開け、ふわりと微笑んだ。茶色のミディアムヘアが枕に広がり、朝日を浴びて輝いている。「今日も可愛いわね。……気分はどう?」「ああ。御陰で切り替えられたよ。ありがとう」 カリナが素直に礼を言うと、カグラは嬉しそうに目を細めた。二人はベッドから起き上がり、身支度を整える。 カリナはアイテムボックスから、ルナフレアが出発前に持たせてくれた衣装セットの一つを取り出した。「今日はこれにするか」 広げられたのは、繊細かつ豪華な冒険者風のドレスセットだ。 アウターは、リボンとフリルがふんだんにあしらわれた、淡い水色のタイトなロングコート。袖は長袖で、手首に向かって優雅に広がるフレアーなデザインになっており、裾や袖口のフリルが可憐さを演出している。 その下に着るのは、淡い紺色を基調としたミニスカートの冒険者風ドレス。高貴な青色のリボンが胸元を飾り、スカートの内側には純白とピンクの生地が重ねられ、動くたびにチラリと覗く可愛らしい仕様だ。 足元は、太ももまでの長さがある白に黒のデザインが入ったロングニーハイソックスを、ガーターベルトで吊るすスタイル。そして、紺色に黄色のデザインが施されたお洒落なブーツを合わせる。 仕上げに、紫の花を模した髪飾りを、特徴的なクセ毛のツインテールにあしらう。「あら、素敵なデザインね。ルナフレアは本当にいい仕事をするわ」 カグラが感心しながら、着替えを手伝ってくれる。背中のリボンを結び、襟元を整える手つきは、本当に姉が妹の世話を焼くようだ。「よし、完璧よ。お姫様騎士って感じね」「ありがとう、カグラ」 一方のカグラも着替えを済ませていた。彼女の衣装は、いつもの白い狩衣に、今日は高貴
アリアの部屋を辞したカリナは、重い足取りでカグラと隊員が待つ貴賓室へと戻ってきた。 扉を開けると、そこには既に豪勢な昼食がテーブルいっぱいに並べられていた。アレキサンド名物の肉料理や、彩り豊かな野菜のテリーヌ、そして数種類の果物。カグラは優雅にフォークを動かし、隊員は口の周りをソースで汚しながら夢中で肉にかぶりついている。「おかえりなさい、カリナちゃん。どうだった?」 カグラがグラスを置き、振り返る。その茶色のミディアムヘアがふわりと揺れ、穏やかな表情の中に鋭い知性が光っていた。「こちらは一応、資料から禁忌の術などの解析が終わったわ。恐ろしい術式ばかりだったけれど……今後はこれが悪用されないように、対策を練らないとね」「ああ、お疲れ様。……悪い、私も少し食べるよ」 カリナは空いている席に座り、まだ温かいローストビーフを皿に取り分けた。一口食べ、その旨味に少しだけ心が安らぐのを感じながら、カリナは静かに口を開いた。「彼女は……間違いなく『女神』だ。この世の理の常識を遥かに超える存在だ」 その言葉に、カグラの手が止まる。「何か分かったの?」「ああ。彼女が探している人物は、私である可能性が高い。だが、この世界ではアバターという仮初めの姿が邪魔をして、魂にある目印がはっきり見えなくて、そこまで確証が持てないらしい」 カリナはナイフを握る手に力を込める。「それに……この世界から次元を斬り裂いて脱出することなど簡単だ、とも言っていた。私達が必死に生きているこの世界の理屈など、彼女にとっては取るに足らないことなんだろうな」「次元を斬り裂く……? まるでSF映画ね」「笑えない話だがな。……それと、彼女はその人探しの合間の暇潰しに、このVAOをプレイしていたPCの一人でもあるそうだ」 カリナが告げると、カグラは目を丸くし、やがてクスクスと笑い出した。「ふふっ、あはは! 神様がネトゲをするなんて、ずいぶんと俗っぽいのね。親近感が湧くような、畏れ多いような……」「全くだな。だが、その力は本物だった」 カリナは表情を引き締める。ここからが、アリアから聞いた最も重要な情報だ。この世界が虚構であり、悪魔以上のとんでもない存在が創った実験場であること。それをカグラに伝えようと、口を開きかけた瞬間――。「――っ……ぐぅっ……!」 ドクン
「いらっしゃい、カリナさん。まあ、立ったままではなんですし、掛けたらどうですか?」 アリアは優雅な仕草で、向かいの席を手で示した。テーブルの上には、既に湯気を立てる二つのティーカップ。最高級の茶葉の香りが、部屋の中に満ちている。まるで、カリナがこのタイミングで訪ねてくることを、最初から知っていたかのような準備の良さだった。 カリナは一瞬躊躇したが、意を決して椅子を引き、アリアと対面する形で腰を下ろした。「いただきます」 勧められるままに紅茶を一口含む。渋みがなく、花のような芳醇な香りが鼻腔を抜ける。それは、毒など入っていない、純粋なもてなしの一杯だった。カップをソーサーに戻し、カリナはその碧眼を細めて、目の前の美女――自分と瓜二つの髪色を持つ、違いはカリナの毛先が金髪くらいの、謎の存在を見据えた。「……単刀直入に聞く。あなたは一体、何者なんだ? なぜ私のことを知っている? そして……先ほど言っていた『女神』というのは、本当なのか?」 矢継ぎ早に繰り出された質問に、アリアはカップを口元で傾け、ふふっと楽しげに笑った。「せっかちですねぇ。でも、答えは先ほど言った通りですよ。――女神です」 またしても、はぐらかすような返答。だが、その言葉には嘘の匂いがしない。それどころか、彼女が纏う空気そのものが、人知を超えた何かであることを雄弁に物語っていた。 カリナは深呼吸をし、ずっと胸の内に秘めていた「確信」をぶつけることにした。「……私は以前、ある場所で『真実』の一端に触れた」「ほう?」「『死者の迷宮』の最深部……そこにあった祭壇の鏡だ。私はそこで、現実世界で死に別れたはずの幼馴染――『彩』と再会した」 カリナの脳裏に、あの時の情景が蘇る。鏡の向こうで微笑んでいた、懐かしくも切ない少女の姿。「彼女の髪は、生前のような赤茶色ではなく、透き通るような銀髪に変わっていた。そして彼女は言ったんだ。『女神様に、別の世界に転生させてもらった』と」 アリアの手が、わずかに止まる。「さらに彼女はこうも言っていた。『その女神様が、今、あなたのことを探している』と。……今の私がいるこの世界では因果が正しく回っていないため、私がトラブルに巻き込まれやすくなっているとも教えてくれた」 カリナは畳み掛けるように言葉を続ける。「それだけじゃない。先日、私の
謁見の間には、レオン王の宣言が重々しく響き渡っていた。 一週間後に開催される剣術大会。それは、人類の脅威に対抗するための精鋭を選抜する重要な儀式でもある。しかし、カリナには一つ、どうしても確認しておかなければならない懸念があった。「陛下。剣術大会ということは……まさかとは思いますが、真剣を使う訳ではないのですよね?」 冒険者ギルドの訓練や一般的な模擬戦では、刃引きをした剣や木剣を使うのが通例だ。Aランクの実力者同士が真剣でぶつかり合えば、手加減をしたとしても事故は避けられない。だが、レオン王は鷲のような鋭い瞳でカリナを見据え、短く答えた。「いや、真剣での立ち合いになる」「なっ……真剣、ですか?」 カリナが眉をひそめると、隣に控えていたカグラも扇子で口元を覆い、懸念を示した。「陛下。いくら腕に覚えのある者同士とはいえ、真剣勝負となれば、下手をしたら死傷者が出る恐れがございますわ。未来の戦力を選抜する場で、有望な若者が命を落としては本末転倒では?」「うむ、そなたらの言い分はもっともだ。だが、案ずることはない。それについては、ここにいるアリア殿が、特別な『魔道具』を準備してくれているのだよ」 王の言葉を受け、アリアが一歩前に進み出た。彼女が何もない空中に手をかざすと、誰も見たことがない未知の魔法陣が展開され、そこに闘技場の様子を模した鮮明な立体映像が投影された。「ご心配には及びませんよ。私が開発した、この『身代わりの水晶』があれば、誰も死ぬことはありません」「身代わりの水晶……? ずいぶんと大きいな」 カリナが驚くのも無理はない。投影された映像では、闘技場の舞台の両端に、優に人ひとり分の大きさがある巨大な水晶が設置されていたからだ。「はい。大会には大観衆が押し寄せますから、遠くの客席からでも状態が視認できるよう、このサイズに設計しました」 アリアはカリナ達に向き直り、落ち着いた丁寧な口調で説明を始めた。「これは対象の魔力と生命力をリンクさせる特殊な魔道具なんです。勝負の前に、この水晶に自分の魔力を流して記憶させておけば、戦闘で受けたダメージは全てこの水晶が肩代わりしてくれますよ」 アリアはニッコリと微笑み、続ける。「例えば、腕を斬られたとしましょう。その瞬間、痛みと衝撃は走りますが、肉体には傷一つつきません。代わりに、舞台の端に設
アレキサンドの朝は、澄み切った青空と共に始まった。 石畳を踏みしめる音を響かせながら、カリナ達一行は街の北端に位置する小高い丘を目指す。そこに鎮座するのは、この国の象徴である巨大な王城だ。 近づくにつれ、その威容が露わになる。 エデンの城が近代的な白亜の優美さを誇るなら、この城はまさに「鉄壁」。切り出された巨大な灰色の岩石を積み上げて作られた城壁は、無骨ながらも圧倒的な重厚感を放っている。 城壁には、エデンの「黄金の獅子」とは異なる、この国の国章――『交差する二振りの剣と鉄壁の盾』を描いた旗が翻っている。装飾は最小限に抑えられ、実用性を重視した矢狭間が並ぶ様は、ここが武を尊ぶ騎士の国であることを無言のうちに物語っていた。「へぇ、近くで見ると迫力が違うわね。飾り気はないけれど、そこがいいわ」 カグラが城壁を見上げ、感心したように扇子を揺らす。やがて、巨大な鉄格子の城門の前に到着した。「止まれ! 何用か!」 屈強な鎧に身を包んだ門番達が、鋭い眼光と共に槍を交差させる。カリナは一歩前に出ると、懐から先日カシューに託された招待状と、自身のAランク冒険者カードを取り出した。「エデン国王カシュー陛下の使いで参りました、冒険者のカリナです。レオン・アレキサンド国王陛下より、招きを受けております」 続いてカグラも、流れるような所作で自身のカードを提示する。「同じく、エデン筆頭相克術士のカグラよ。同行者として許可を頂いているわ」 門番は招待状の封蝋にある王家の紋章と、二人のカードを確認すると、即座に姿勢を正した。槍を引き、ガシャンと音を立てて踵を揃える。「はっ! 失礼致しました! カリナ様、カグラ様ですね。陛下よりお話は伺っております。どうぞ、中へ!」 重々しい音と共に城門が開かれる。 一歩足を踏み入れると、そこは静謐な空気に包まれていた。城内もまた、質実剛健な造りだった。磨き上げられた石の床、壁には歴代の戦いを描いたタペストリーや、交差した剣と盾の紋章が飾られている。 煌びやかなシャンデリアの代わりに、魔法石を埋め込んだ鉄製の燭台が通路を照らし、すれ違う騎士達は皆、規律正しく黙礼して通り過ぎていく。「エデンとはまた違った緊張感があるにゃ……。おいら、背筋が伸びるにゃ」 ケット・シー隊員が、シルクハットの位置を直
エデンを出発してから数時間。 ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。 そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だけど美しいわ」 カグラが扇子で口元を隠しながら感心する。「到着にゃ! お腹空いたにゃー!」 ケット・シー隊員が身を乗り出す中、カリナはガルーダに指示を出し、城下の南門前にある広場へと降下を開始した。 ズズーンッ……! 巨大な黄金の鳥が舞い降り、風圧と共に着地すると、南門を守っていた衛兵達が槍を構えて大騒ぎになった。「な、なんだあの怪鳥は!? 敵襲か!?」「ま、待て! 背中に人が乗っているぞ!」 騒然とする衛兵達の前に、ガルーダが翼を収め、カリナ達が降り立つ。カリナはガルーダを送還すると、警戒する衛兵達の前へと歩み出た。「怪しいものじゃない。私は冒険者のカリナ。エデンのカシュー国王の使いで、レオン・アレキサンド国王陛下に招かれて来たんだ」「ぼ、冒険者だと……? だが、今の巨大な鳥は……」 衛兵隊長らしき男が困惑していると、カグラが優雅に歩み寄り、艶やかな笑みを浮かべた。「あらあら、驚かせてごめんなさいね。この子は私の妹分で、凄腕の召喚術士なのよ。ほら、これが身分証よ」 カグラに促され、カリナは懐から冒険者の組合カードを提示した。そしてカグラもまた、自身のカードを取り出して提示する。カリナのカードには、燦然と輝く『Aランク』の刻印と、『カリナ』の名が刻まれている。 隊長がカードを受け取り、その名前を確認した瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。「カ、カリナ……? まさか、あの『ザラーの街』を襲った悪魔と魔物の大軍を、たった一人で殲滅したという……あの英雄か!?」 その言葉に、周囲の衛兵達もざわめき立つ。ザラーの街の防衛戦は、アレキサンド国内でも今伝説として語